熨斗(のし)の話 〜人を思い遣る心継ぐ〜

目次

  • 目次
  • はじめに
  • 熨斗とは何か
  • 熨斗でやってはいけない失敗談
  • 現代の熨斗事情
  • まとめ

はじめに

こんにちは。書家の木村翼沙です。

突然ですが、文字を書いていると、その文字の姿形、良し悪しが気になって、それが何のためにあるのか、誰のためにあるのか、忘れてしまいがちです。

かくいう私も、お寺の浄書勤務をしていた頃、頻繁に依頼されていた「熨斗(のし)」書きの「熨斗」について、考えこともありませんでした。ただ、水引の結び方や色によって、使い方が変わるから注意すること、表書きは、水引にかからない様に書くこと、宛名より「御祝」などの文字を大きくすること、楷書で丁寧に、気楽な相手には行書でも大丈夫、などといった、実務のことばかり。その意味や由来を知らずに過ごしていました。そこで、今回は改めて「熨斗(のし)」について考えてみました。

熨斗とは何か

日本には、細やかな思い遣りの文化がたくさんあります。「熨斗」もその一つです。そもそも「熨斗」とは何でしょうか。

元来は、贈答品などに紙を掛け、その上に「水引」と「熨斗」を添えていました。これらは、いずれも慶事などの進物や贈答品に添えるもので、日本古来の伝統的な贈答習慣と言えます。「水引」は、室町時代、中国からの到来物に紅白の縄がかけられていたことに由来します。当時、到来物は「めでたいもの」として考えられていたことから、今日でもお祝いの贈り物には、紅白の水引が使われるそうです。

近年は簡易化が進み、掛け紙そのものに「水引」と「熨斗」のデザインが印刷されることがほとんどです。最近では、印刷された熨斗袋がコンビニやスーパーなどでも売られていて、簡単に手に入ります。このことから、熨斗が日常生活において、意外と使用頻度の高いアイテムということが分かります。しかし、熨斗袋には、用途によって、幾つかの種類があります。特に、熨斗袋の右上に、六角形の飾りがついているものと、ついていないものがあって、どちらを選べば良いか、悩んだ経験はありませんか?

実は、「熨斗」とは、この六角形の飾りのことを指すそうです。さらに、この飾りの中に長方形の黄色の紙が入っていますが、これが何か、ご存知ですか?

熨斗でやってはいけない失敗談

私は、これを知らなかったために、昔、ふとした拍子に黄色の紙が外れてしまったけれど、特に気にせず、そのまま使ったことがあります。今になって、その由来が判明し、赤面しているところです。

実は、この黄色の小さな紙には、大切な意味がありました。厳密には、「熨斗」とは、「熨斗鮑(のしあわび)」を略した呼称で、元々は、貝の鮑をのして(伸ばして)干した保存食でした。鮑は、不老長寿の薬とも言われ、干して伸ばすと長く伸びることから、末永く続く縁起物と考えられていました。そのため、昔は、お供え物や贈答品などに、本物の熨斗鮑が添えられていたそうです。これが次第に簡略化されて、熨斗鮑の代わりに、黄色の紙を使うようになったということです。つまり、それが外れた熨斗袋は、ただの包み紙が貼られた袋、という訳で、これを大切な人に贈ってしまったことを今更嘆いているところなのです。

現代の熨斗事情

ところで、仏教では、弔事の時には、生臭物(魚貝類や肉類など)を断つため、「熨斗鮑」すなわち「熨斗」はつけません。黒白・黄白の熨斗袋に飾りがないのはそのためです。さらに、熨斗をつける・つけない場面については、様々な説があります。例えば、“生臭物を贈答品にする場合は、熨斗鮑がそもそも生臭物であるから、中身と重ならないように、熨斗はつけない”、“生臭物以外の品物(反物や陶器、装飾品など)が入っている場合には、その目印として熨斗をつける”、“弔事の贈り物ではないことを示すためにつける”、“縁起物として中身に関わらずつける”、など、様々に言われていて、長い年月の間に、目的や使われ方が曖昧になってきたようです。近年では、水引だけのもの・熨斗のあるなしに関わらず、熨斗紙あるいは、熨斗袋と呼ばれ、区別することも少なくなってきています。

まとめ

便利を追求する世の中にあっては、煩わしい決まり事は、廃れる運命にあるのでしょう。しかし、その文化を否定するか、と言えば、そうではなく、知らないままでも良いか、と言えば、そうでもないものです。贈答品は、それ自体が、自分以外の誰かのことを考えなければ成立しない訳で、水引の結び方や熨斗の由来や意味が受け継がれてきた背景には、人を思い遣る心があり、とても美しい文化だと思うのです。熨斗袋に書かれる文字も然り。相手が受け取る文字を如何にするか、を考えることは、その行為そのものが美しい。現代に丁度良い距離感で、伝統を知り、守ることができたら、日常がもっと豊かになる気がするところです。

(本稿は奈良新聞連載中の「暮らしの中の書」より)

木村翼沙書道教室実用書筆耕コースより

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