臨書のコツ。書の名筆古典も完璧ではない。

こんにちは。

書家の木村翼沙です。

 

当教室のお稽古では、書道史上で

絶対押さえておきたい最重要古典の臨書をします。

 

木村翼沙書道教室

木村翼沙書道教室(大阪福島区)

 

書道は臨書に始まり、臨書に終わると言っても良いほど、

臨書(絵画でいうところのデッサンや模写)が大切です。

 

ところが、その臨書、実は、3種類あります。

 

形臨(けいりん)

意臨(いりん)

背臨(はいりん)

 

の3種類。

 

それぞれ、

形臨は、古典の形を真似る。

意臨は、作者の特徴や意を汲んで臨書する。

背臨は、その古典を見ずに臨書する。

 

私たちが通常行っている臨書は、

主に「形臨」、つまり形を真似る臨書という訳です。

 

そして、この3つの臨書は段階的に行うものです。

 

もちろん、形臨が最も大切。

 

いきなり何も見ずに、

臨書って、あり得ませんものね。^^

 

さて、はじめに形臨。

形をマスターしてから次のステージ、意臨へと進みます。

 

そして、形や特徴をつかんで自分のものにしてからの

臨書、背臨。

 

さて、本日、なぜ臨書の説明をしているかと言いますと、

お稽古中、古典臨書している際に、

よく「なんでこんな書き方をしているのか?」とか

「どうしてもこの形にならない!」とか

悩む人が多いからです。

 

そして、そこで手が止まってしまうのです。

そこで、前に進めなくなるのです。

 

なぜって、書けないんですから、

停滞するのは仕方がありません。

 

でも、それは、逆に、

それだけ、しっかり古典(お手本)を見て、

真剣に対峙している証拠です!

 

素晴らしいことです!

 

とは言いながら、やはり前に進みたいですよね。^^

 

そこで現れる概念、意臨!

 

正直に申しますと、

絶対的な形臨は、

あり得ません。

 

絶対に不可能です。

 

ちょっと考えてみましょう。

 

書いた本人でさえ、自分の書を臨書しても

全く同じにはなり得ませんよね!

 

機械ではないのですから。

 

ましてや、時代を経て、環境も何もかも違う現代の私たちが、

数百年前の書を全くそのままに書き写すことは不可能です。

 

半紙練習になっている時点で

書くサイズも違います。(通常拡大臨書になります。)

 

半紙の尺におさめようとする時点で、

その制約内に臨書を行っています。

 

そして、使っている筆も違う、紙も違う、墨も違う!

人も違う!!!

のですよ!

 

これで、形臨の限界を容易に納得していただけたことと

思います。

 

ここで一つ物申します。

 

よくある書道の昇級昇段の競書誌ですが、

現存される先生がお手本を書いていますよね。

あれ、危険です。

 

だって、その先生が絶対的に完璧で突っ込みどころの

一つもない字を書いている訳がないじゃないですか!

再現不可能を再現させようとしているのです。

危険危険。(笑)

 

私たちは、自分の字さえ、完璧に再現できないのです。

 

でも、古典はこの先、変わることはありません。

何百年の時を経て、様々に淘汰されて、今に至るのです。

 

その古典を数十年そこら生きている我々が書き表し、

それを真似ろ、というのはあまりにもあまりの話です。(笑)

 

脱線しました。

 

さて、意臨の話です。

 

形を完璧に再現できない臨書をどうすれば良いのか。

 

形を真似る学習が書道の学習なのですから、

それが出来ないなんて、私たちは、途方に暮れるところです。

 

では、どうすれば。。。?

 

例えば、臨書の際、

作者がどのような筆使いをしたかを

考えながら書くと良いです。

 

要するに、作者の特徴です。

作者の気分になって書いてみる、ということです。

これが意臨的臨書。

 

いつも申しますように、

書道では、筆使いをキメれば、形も決まる!

ということです。

 

ただし、意臨押ししすぎても良くないです。

作者の意を汲んだつもりの自我の強い書に落ちる危険があります。

 

結局、やっていることは、

とてもとてもシンプルなことです。

 

筆で文字を書くということなのですから!

 

それでも、筆使いを決めても、

古典との違和感を感じる時があります。

形も意もうまく再現できないのです。

 

そんな時、私はいつもこう思います。

 

例えば、王羲之を書いていて。

その時、ちょっといい風が吹いてきて、

王羲之が書いている手を止めて顔を上げた、

ちょうどその瞬間だ、と。

 

木村翼沙書道教室(大阪福島区)

木村翼沙書道教室(大阪福島区)

 

書道をしている私たちの中で、

古典の神格化が甚だしいと思いませんか。

 

古典から読み取れるのは、人間らしさだったりもします。

完璧では、ありません。

 

いずれも人の手によるものなのです。

 

書いている途中に名前を呼ばれたり、

虫が飛んできて、目の前でちょっと舞舞してみたり、

そこで、書いている手がふと止まったり。

 

それを後世の私たちが見た時に、

なんか違和感のある部分が出来たりする訳です、きっと。

 

そこを忠実に再現しようとするのは、ちょっとナンセンスです。

 

しかも、これらの名筆古典は必ずしも、

作品として書かれたものではないのです。

 

戯れに書いてみたり、酒を飲んで、

いい気分でちょっと詩を書いてみたり、

何かの下書きだったり。。。

 

それを完璧な完成形として見ないほうがいいですよ。

 

ちょっと気楽に方向だけ定めて、

筆を運んであげるのが良いですよ。

 

正しい臨書枠というか、範囲に収める。

 

でも、どこがその人間らしさか分からない。

どこまで再現したら良いのかわからない。

となりますね。(笑)

 

それは、ちょっとしたコツです。

 

そのコツは、

うーん、やはり習わないと分からないかな。。。

 

ひとまず、臨書のコツや筆使いのコツがわかる

体験講座に来てみてはいかがでしょうか。。。(笑)

 

体験講座のお申し込みはこちらから。

 


無料オンライン講座受講申し込みはこちらからも承っております。

【まいにち美文字習得】無料オンライン講座のご案内

【まいにち美文字習得】無料オンライン講座のご案内

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中